冒頭の「越中おわら節」（胡弓独奏）を聴いてみよう。思い切りのよいボウイングの小気味良さが、日本のちんまりした風景より、この楽器の生まれ故郷でもある中央アジアの広大な地平の広がりを思わせる。心を騒がせながらも眠りに誘うような効果があるのは、執拗に繰り返される装飾音のせいだ。「こきりこ節」も装飾音が耳にからみつく。同じく「トランス系」といえよう。胡弓にとって「越中おわら節」は、津軽三味線でいえば「津軽じょんから節」のようなもの。この楽器の極めつけのレパートリーである。したがって、このアルバムには、澤田勲の唄と三味線が入ったもうひとつのヴァージョンが収録されている。張り詰めた高音を出す唄、ズシンと腹に響く三味線の間を縫うようにして演奏される胡弓は、なかなかすばしこい動きをする。

収録曲にはこのほか、日本の子守唄や童謡、アイルランドとイングランドの民謡、黒人霊歌からクラシック音楽まで、抒情的なメロディーならなんでもという具合に選ばれている。中国の民族弦楽器「二胡」が日本のマーケットに紹介されたときと同じような路線だが、胡弓にはまた違った可能性も考えられる。土臭く、粘りのきいた曲をたくさん録音してほしいアーティストだ。（松本泰樹）